2022/04/07

 

国立国会図書館の利用者カードの有効期限が去年切れた。一日でも足を運んでいたら向こう三年の利用は約束されたのに間に合わなかった。旅行にもなかなか行けない。楽しみも全部奪われた。春になったら鎌倉に行こうと決めてから三度目の春。ずっとこんな日々が続くなら、いっそのこと永遠にこのままを続けてほしい。何かのせいにして生きてゆく方が気も楽だ。私は私がそんな人間であることに抵抗がない。いちいち正しさを求めていたら壊れてしまいそう。正当化するのは過去だけでいい。

 

東京で働いていた頃、国立国会図書館に行くことが多かった。千代田線の定期を持っていたからいつも国会議事堂前で降りる。駅から図書館までの道は私がその日、頑張らなければならない理由を考えるのにちょうど良かった。毎日都会の景色の中で働いていた。渋谷から表参道までの坂道でウォークマンを盗まれた。深夜のコンビニから見上げた東京タワーは眩しかった。麻布十番の干物屋さんの店主は優しかった。上司の人に「仕事楽しいか?」と聞かれた夜、彼の奥に見える眠らない街があまりにも綺麗で涙が出た。楽しくなんてなかった。辛くて苦しくて死にたくて堪らなかった。日数だけで言えば私は偉そうに語れるほど東京を知らない。知らないまま仕事も辞めた。赤坂のビルで呆れるほど泣いた。都会のトイレは勝手に電気が消える。個室に篭って泣いていると突然目の前が真っ暗になり、私はどんどん堕ちてゆく。そんな日々を重ねて最終的には電車に乗れなくなっていた。

 

仕事を辞める前の日に経費でスタバを飲んだ。先輩のラインを無視した。成人したばかりの幼い私は世間知らずの出来損ないだった。新人の私に全ての責任を押し付ける大人たちがどれほど居ても壊れるのは私だ。私だけが弱く、耐えられなかった。一緒に図書館のカードを作った同期の彼は今何をしているんだろう。あの優しい干物屋さんはまだあるんだろうか。私のお気に入りの曲が沢山入ったウォークマンは一体誰の手に。チャットモンチーは東京のことを「夢が夢でなくなる」と歌った。夢は夢のままで大切に守ってゆくべきだと思った。私を電車の中でも平気で泣くような女にした東京。

 

今も頑張る人たちを知っている。もしもあのまま東京で働き続けていたらどうなっていたんだろう。大阪に戻ってからも一度だけ夢と向き合ってみたことがある。それが夢なのか、正直分からないけど。いつかの私のために夢だと言っておこう。でもやっぱり駄目だった。またトイレで泣いてしまった。先輩の前でも泣いてしまった。辛くて苦しくて死にたくなった。どこにいても私は私だった。過去を正当化するために今を生きている。今を正当化するために過去を振り返っている。結局のところ、このままでは何も変わらないだろう。誰よりもそう理解してるはずなのに見て見ぬふりを続ける。

 

東京で働いていた頃、国立国会図書館で自分が生まれた日の新聞を読んだ。お腹が空いて入った喫茶店で何を食べたのかどうしても思い出せない。記憶はいい加減にできている。私は本当に東京で働いていたのかさえ曖昧になってきた。一日が過ぎると過去になる今までの人生。目で見て、耳で聞いて、肌で感じた全てを私のものにするのはどうしたって難しい。その中でも東京の日々はやっぱり特別だったんだろう。住んでいた街の景色をまだ安易に映像化できてしまう。ちゃんと生きていた。働いて生きていた。私だけはそのことを忘れぬよう。