2020/08/08

 

数年前に押し入れの奥の方から見覚えのない大量の紙切れが見つかった。四つ折りにしてハサミで切ったチラシ。その裏にボールペンで書かれた汚い字とヘンテコな絵。それはずっと昔に毎朝パパが私とお兄ちゃんのために書いていた置き手紙だった。まるで記憶にない置き手紙は懐かしさの欠片もなく読んでも読んでもよみがえる思い出は見当たらなかった。ただ間違いなく毎朝パパが仕事に行く前に私たちのために書いてくれていたものだった。パパは覚えているだろうか。聞きたくても聞けない。なんだか幸せな記憶ではないような気がして聞けない。あの頃はママが家にいなかった。

 

ママと一緒に暮らしていた記憶がない。ママはあまり家にいなかった。ママの妹が死んだ夏、パパとお兄ちゃんと三人でじいちゃんばあちゃんの家に転がり込んでいたことを覚えてる。毎晩パパに一話ずつ読んでもらっていた昔話百選という分厚い本が好きだった。それから一回目の引っ越しがあった。六歳のクリスマス、久しぶりに帰ってきたママは「今おもちゃ工場で働いてるねん」と言ってテレビに繋げて遊ぶコインゲームをプレゼントしてくれた。置き手紙はきっとこの頃のものだと思う。

 

二回目の引っ越しが決まるまでの数ヶ月間もママは家にいなかった。その頃キッズケータイを買ってもらった。少しずつ色んなことを理解できるようになった小学生の私にママもパパも何も教えてくれなかった。「大人の事情」を覚えたのはこの頃だった。ママは病院に通っていて時々おかしくなる。薬を沢山飲んで死んだように眠る。一度だけママが起きなくてお兄ちゃんと二人で泣き叫びながらママを起こしたことがあった。あのときは本当にママは死んでしまったんだと思っていた。泣きながらこれからの人生を想像したりもした。

 

二回目の引っ越しが終わってママが家を出るまでの日々は鮮明に覚えてる。ママはよくベランダの柵に座っていた。きっと死にたいわけではなかったことくらい今なら分かる。一度だけママの代わりにパパが家を出たこともあった。初めてパパの涙を見た。結局、パパはすぐに帰ってきてやっぱりママが家を出た。そのときようやく気付いた。「うちの家族はみんなで暮らすことができない家族なんだ」私は泣くことも減った。お兄ちゃんは学校を辞めた。本当に家族がバラバラになったとき、そこには少しばかりの希望が纏わり付く。その希望に何年も何年も何年も苦しむ。それを知ったのはずっと先のことだった。

 

昔の私は知りたいことが沢山あった。いつもパパが悩んでいたこと。久しぶりに会うママが私と目を合わせてくれなかったこと。お兄ちゃんが心を閉ざしたこと。知りたくて知りたくて仕方がなかった。だけど全部過去になった。過去になると不思議なもので知りたかったことのほとんどがどうでもいいことに変わる。もう何も知りたくない。「大人の事情」この言葉の持つ意味だけを知っておけばいい。

 

家族の話は前にも書いた。書き足りずまた書いた。私の言葉は自分のために書いてるようでどれも誰かに聞いて欲しかったものばかりで。なんだか情けなくもなる。そして上手く言葉をまとめきれず書いた後に後悔をする。今こうして家族の話を書く理由。それは過去を過去のものとして未来に進みたいから。どうせ忘れられないくらいなら残しておきたかったから。

 

ママもパパもお兄ちゃんも好き。大切。今も相変わらず家族はバラバラだけど私にとって心の中ではひとまとめにして守っていきたい存在。これはあくまでもメモ書きに過ぎない。拙い文章だとしても留めておきたかった。あの日々があったから今ここにいる。例えば振り返ったとき「酷いものだな」と笑いたかった。それだけのために書いた家族の話、今日はこんなところで許してほしい。