2020/07/11

 

私はまた悩んでいる。過去の自分を救うのは過程。未来の自分を救うのは結果。今日までの人生を振り返ったときに気付いたことだ。タイムマシンがあれば未来に行きたい。怖いもの知らずを装って未来に行きたい。さっき送信ボタンを押した答えもついでに教えてほしい。どう転んでも私はどうせ悩んでいる。

 

この間ピンク色の空を見た。二重に架かった虹も出ていた。「人間いつ何が起きるか分からない」最近は特に人間の儚さを痛感する。身構えていても緩んでいく日常の中で「失ってから気付く」を避けて通ることはできるのだろうか。大切な人が幸せかどうかを知る術なんて結局どこにもないんだ。手探りで精一杯を捧げても零れ落ちていく切なさには勝ち目がない。

 

下書きを重ねていく。上書き保存を繰り返し私は今ここにいる。文字を打つたびに増えていく可能性に賭けをしている。自分の味方は自分しかいない。自分を守ってあげられるのは自分しかいない。変化が欲しいか?このままでいいのか?何が足りない?何が必要?自問自答をループして今日もまた下書きだけが増えていく。

 

小学生の頃、親友だと思っていた子に裏切られたことがある。公園の滑り台に私の悪口が書かれていた。中学生の頃、部活動で孤立したことがある。しばらく一人でお弁当を食べていた。高校生の頃、面と向かって嫌いだと言われたことがある。彼女らは真っ直ぐに私を見つめていた。私はよく「良い人だね」と言われる。いつも良い人の定義が分からなかった。ずっと自分のことが大嫌いだった。消えてしまいたいと思っていた。

 

よく思う。私が良い人だなんてどうやって分かるんだろう。私は誰が良い人で誰が悪い人かなんて分かりっこない。空白が長くなればなるほど相手との距離も離れていくようで怖くなる。敵と味方を上手に分けることができない。みんな味方であってほしい。子供じみた考えだとしても出来ることなら敵は欲しくない。

 

日々の大半は仕方がないことだらけらしい。大人たちはそうやって生きてきたんだって。割り切ることも大切なんだって。何が怖いって、仕方がないという言葉で片付けて見て見ぬ振りができること。そんな日々を何年も何十年も続けていけること。私はまだ大人になれないんだろうか。でも、なんとなく、大人になんてなれなくてもいい。そんな気もしてるんだ。

 

夜は長い。雨の音は穏やかな心さえも簡単に不安にさせてしまう。知らない誰かの日常を願う。人は幸せになるべきなんだから。決して不幸になるために生まれてきたわけではないんだから。朝が来て眩しい光に包まれたとき目の前に広がる景色が愛おしいものであればいい。人の心を不安にさせるアレコレは道端に置いてあるゴミ箱にでもポイッと捨ててちまえ。